伝えたい想い湘南
湘南に残された、ただひとつの蔵元
熊澤酒造さん
湘南 茅ヶ崎
今回お届けした米麹と酒粕は、明治五年創業 熊澤酒造さんのお裾分け。地域に根ざし歴史を背負う酒蔵の、今の挑戦とは。
その土地の声を聞き、景観をつくる
今ここにある原風景
見渡すかぎりの青々とした水田。
収穫する日が待ち遠しい。
人々は今日も農作業を終え、
徳利片手に蔵へと酒を求めにやってくる。
笑い合い、酌み交わし、
いつの間にやら大宴会。
酒はまだかい?ほらここにたっぷりと。
日々繰り返される幸せな日常。
熊澤酒造 六代目 茂吉さんの言葉
「ここ茅ヶ崎 香川の地は、河童の伝説が残るほど、水と縁深い水田地帯だったのです。昭和30年代までは、水田しかないのかな?と思うような場所が、40年代に入ると急激にその数を減らし、今ではそれを知っている人も少ない。
本来なら、ここは米がたくさんあるから酒造がある、という景観が自然なはずなのに、残ったのは酒造だけ。これでは本末転倒です。」
おおげさに言うと
一緒に未来をつくっているわけです
その土地の声を聞き、農家と一緒になって知恵を絞って造ったお米は、この土地ならではのお酒を産み出し、この場所の景観をもつくってゆきます。おおげさに言うと、一緒に未来をつくっているわけです。
それが今から100年後、200年後の未来に、自分たちの孫やひ孫が「なぜこの場所は昔ながらの景観を豊かに残して続いてきたのだろう?」と疑問に思い「どうやらここに熊澤酒造があるかららしいぞ」と答えを出したなら、そんな未来、想像するだけで楽しいではありませんか。
今、私たちは時代の流れの中で一度は失ってしまったかつての営みを、ひとつひとつ拾い上げては新しい息吹を吹き込んでいる、というところです。
熊澤酒造の周りにあった田んぼと、そこに渡る茅花流し※、お酒を飲みに集まるゆかいな仲間たち。セットで未来に残してゆきたい。それが私たちの原風景なのですから。
※茅花流(つばなながし)…茅花の花穂を吹き渡る南風のこと。
熊澤酒造株式会社社長 六代目 茂吉さんインタビュー
昔からここは人が集まり
何かが生まれる場所だった
明治五年創業、湘南に残された、ただひとつの蔵元「熊澤酒造」。六代目 茂吉さんに学ぶ、重ねてきた歴史を振り返り、次の世代におくるということ。
一回立ち止まらないと
いけないな、と。
「140周年を迎える時に、歴史を振り返る機会があったもんですから、親戚や先代に話を聞いているうちに、場所の歴史や風土の背景に気づきはじめて、その時に一回立ち止まらないといけないな、と。」
そう語りはじめた熊澤酒造株式会社社長 六代目 茂吉さん。熊澤酒造といえば湘南地区の食文化を牽引し、常に新しい風を吹かせているような、そんなイメージがあった。
しかし、実際に茂吉さんにお話を聞くと、長い歴史の中にすでにあった人々の営みや知恵を、今の世の中にもう一度花咲かせているのだということを知った。
おばあちゃんの時代
ここは徳利を持って
人が集まる場所だった
熊澤酒造さんといえば、蔵を生かした粋なレストランや、ハイセンスなラベルのビールの醸造など、常に新しいことに挑戦しているイメージでした。
「ゼロイチというよりは、歴史ってスパイラルで繰り返されていくので、新しいっていうのは、変わっているから新しく見えるんだけど、レストランも、先々代のじいちゃんばあちゃんの話を聞く機会があって。
うちのおばあちゃんが嫁いできた頃、大正初期ぐらいはみんな貧乏徳利(とっくり)って言って、農家の各家の徳利を持っていて、畑仕事や田んぼ仕事が終わると自分ちの徳利を肩にしょって酒蔵に来て、お酒をくんで帰る。
そういうことをやっていると、隣の人が来て、久しぶりにちょっと飲むかとなるんです。それでうちのおばあちゃんが、つまみとかアテを出しているうちに、宴会っぽくなって。
僕が入社した頃は、食品工場として作った商品を全国に発送する工場だったけど、ここはもともと地域の人が集まってきて、何かが生み出されていく場所なんだと気づいた。それを平成の時代に復活させたというのがレストランなのです。」
僕らはどちらかというと
地面から生えてきたものが枯れて
また春に咲いてきたような新しさ
僕の世代の感覚で
過去になくなってしまったものを
もう一度、再編集している
今、熊澤酒造にこんなにも人が集っているのは、今の時代の人が求めているものとマッチしたからでしょうか?
「僕の世代の感覚で、過去になくなってしまったものをもう一度再編集しているということなのかな。
流行っている商業施設とかは、少し語弊があるかもしれないけど、海外であったり色々なところで流行ってきたものをコピペしてきている。僕らは同じ新しさでもちょっと違う文化。」
地面から生えてきたような
そういう農的な取り組みを
僕らはしたい
「僕らはどちらかというと、地面から生えてきたものが枯れて、また春に咲いてきたみたいな新しさ。そういう農的な取り組みを僕らはしたい。」